どのくらい行っただろうか。

親不知の浜辺近い防風林を駆け抜けて、一番近い駅のある閑散とした農村に近づく頃、薙はようやく足を止めてくれた。

引きずられ続けた豊は息も絶え絶えに、ヨロヨロと痛む足を片手でさする。

握られ続けた腕は感触がなかった。

「飛河」

哀願の目を向けると、薙は一瞥した後でそっけなく腕を放り出す。指先が冷たくなっていた。

「他の、みんなは」

ようやく起き上がって見回しても、まだ誰の姿も見えない。

「飛河、みんなは」

「程なく集合するはずだ」

薙はこちらを見ようともしない。

「ごめん」

ようやくの思いで謝ると、豊は申し訳なく顔を俯けた。

結局の所、自分に出来たことといえば禁錮包囲結界を破いて執行部員を助けただけだった。

争いを回避しようとして、結果任務に破綻を招いてしまった。この責任は取らされるだろう。

ペンタファング内で、ようやくの思いで気付き上げた信頼も、今度の一件で瓦解してしまったように思う。

薙も、仕草では分からないが、怒りの炎が全身を包み込んでいるようだった。

出掛けに刺された釘を完全に無視して、感情のままに突っ走った行為に腹を立てているに違いない。

自分のしたことに後悔などないが、結果彼の足を引っ張った自身を豊は責めていた。

もっとうまいこと出来なかったのか。

飛河は、任務の失敗など絶対に許してくれないだろう。なのに。

「飛河、俺」

「君は」

いきなり声をかけられて、豊はビクリと縮こまった。

「どちらにつくつもりなんだ」

「え?」

一瞬何を言われているのか分からない。

「月詠か、それとも天照か、君はどちらの人間だ」

「そ、それは」

帰るべき場所は天照しか思いつかなかった。

けれど、薙の前でそれを言うことにためらいを感じている。

「俺は、交歓学生だから」

「そういう事を聞いているわけじゃない」

薙はくるりとこちらを向いた。

見たこともないような、真摯な表情だった。

「秋津豊自身はどちらを選ぶつもりだ」

「え」

薙の指が、自分を指す。

「僕らか」

そして、先ほど抜けてきた防風林の方を指した。

「奴らか」

豊は少しだけあっけに取られていた。

どうやら、薙の怒りはもっぱらそこに集約されているらしい。

もちろん任務の失敗を招いた豊を責める気持ちもあるのだろうが、それ以上に彼の立ち位置を明確にする事を望んでいるように感じられた。

豊は思わず口ごもっていた。

「それは」

不意に、九条綾人の姿が脳裏をよぎる。

自分を執行部の人間だと肯定してくれた、あの力強い温かな微笑。

(でも)

目の前の薙は答を待っている。

豊には言うべき言葉が見つけられなかった。

自分を指した薙の姿が、やけに記憶に残るようだった。

「あ、ゆんゆん!」

突然呼び声が聞こえる。

振り返った二人に、向こうから駆けてくる伊織と崇志の姿が見えた。

「お前たちも無事か」

反対側から凛も現れた。

ようやく現ペンタファングの面々が集合した。

「総員、現状報告を」

薙の口調がいつもの様子に戻っていて、豊は思わず彼を見ていた。

「擦れてあちこち傷だらけ、もう超バッドだよ」

「アタシの珠のよーなお肌が傷だらけになっちゃった以外、平気です、あーあ」

「大事無い」

薙が豊を振り返る。

「報告を」

単調な声だった。

「も、問題ない、です」

「LT値、身体状況共に平常、各員問題無しとしてこれより帰還する」

すっぱり言い捨てて、薙はくるりと踵を返した。

そのまま歩き出す背中を、豊は呆然と見詰めていた。

不意に、ちょいちょいと脇を突付かれて、見ると崇志が隣に立っている。

「なあ、ゆんゆん、あいつどうしちゃったの?なんかした?」

「え」

豊が表情を暗くすると、崇志は様子を伺って違うよとこっそり笑った。

「そりゃ、さっきのはいただけないけどさあ、ゆんゆんだって元は天照だったんだし、あんくらいスリルがないと面白くないからさ、俺は別に怒ってないし」

「でも」

「心配しなさんな、こうみえてペンタは友情に厚いんだって」

崇志は嘯く。

「姫やリンにも聞いてみ?俺らやっちまったことをいつまでもグダグダ言うほど、バカじゃないし」

責められなかったことがかえって心苦しくて、豊はどんな反応も返せなかった。

「そんなことよりナギよ」

崇志は改めて豊を覗き込んだ。

「あいつなんか、一番怒ってるみたいだけど、ゆんゆんは確か一緒に撤退したんだよなあ」

曖昧な、返事とも溜息ともつかないような相槌で答える。

「さっきも結構イライラしてたけど、その比じゃないぜ、今の、なんかしちゃったの?」

「そんなつもりは」

思い当たることといえば、少し前に聞かれた質問の内容しかない。

けれどそれは彼自身曖昧にして打ち切られてしまった。今の豊に、薙の本心を知る術など何もない。

返答に窮している様子を敏感に感じ取って、崇志は急に「ま、いいか」と小さくぼやいて豊の背中をぽんと叩いた。

「ウチの大将も帰る気満タンだし、これ以上いたって埒が明かないな、それに」

ちらりと豊を見る。

「帰ってこってり油を絞られる予定のゆんゆんを、これ以上苛めちゃかわいそうだし」

ニヤリと浮かべた意地の悪い笑顔に、豊は溜息をこぼしていた。

やはり、始末は免れないらしい。

薙のこともあわせて、暗鬱な気持ちばかりが広がっていくようだった。

見送る背中はどんどん遠ざかっていく。

豊を待ってもくれない、その冷たい様子が何故だかひどく胸に突き刺さるのだった。

小さく名前を呼んでも、多分今は聞こえないだろう。

「薙」

「ん?」

振り返った崇志に、ううんと豊は首を振っていた。

潮騒の香りが、淡く漂っていた。

 

続く